Amazonの商品紹介より
社会の“今”にユニークな視点で物申し続ける作家、橋本治氏が、「私」と「社会」の間に内在する断絶の根本原因を探る書。「私(個人)」は「社会」の一員であるはずなのに、「社会」は一体感の持てない「意味不明の存在」でしかないと説き、日本人の多くが抱く漠然とした不安の構造を、巧妙な論理展開によって解読していく。
一見、言葉遊びのような軽やかな論調だが、読み進むうちに、今日の教育、年金制度、公共事業投資などの政治的課題の解決を阻むものが、我々一人ひとりの心の内にあることが浮き彫りになってくる。「社会は何もしてくれない」という失意の根底には歪んだエゴイズムが存在し、それが恋人であれ国家であれ、他者と健全な関係を築く行為の障害になっていると語る。
妻もこの本を読んだが、全く理解できないと言っている。
反対に私は読み進むにつれて「なるほど」と理解してしまう。
これも脳の構造の差なのか?
目からうろこの一冊なりけり。
何故彼女らは電車の中で平気に化粧が出来るのか?
その理由には納得してしまった。
人間というもの、やはり何かに所属したい願望がある。
やはり一人では生きて行けない。
自分の内なる所属、それは家庭であろう。
子供が自分が居る場所は家族だ!家族の一員だと感じることが出来れば、子供は何かを表現する時に「私たち」という言葉を使うのであろう。
「私たち家族は・・・」そんな感じか?
しかし、家族と感じることが出来ない子供は自分の所属する場所を外部に求めるのだ。
しかし、そこに存在するのは所詮他人・・・裏切られる時は裏切られる。そんな希薄な関係でしかないのだ。
その内、自宅でやっているようなことが外部でもあたりまえになってしまい、自分の家と公共の場の境がわからなくなってきているのだ。
自分の家の延長線上に通勤電車がある・・・そんな感じか?
化粧している人はきれいになっているつもりなのだろうが、それは客観的に見ている側としてはただの公害でしかないのだ。
そんな醜いことは人がいないところでやってもらいたい。迷惑だ。
そしてこの本の最後の文が非常に印象的だ。
「自分」がいて、「他人」がいる。
この人にとってはあたりまえの前提が動かない以上、「答えとは、自分と他人とで作り上げるものである」という事実も、また動かないのである。(中略)
「私はそう考える」・・・ただそう言うだけで、「あなたの考えること」は、私の管轄するところではない。
なるほど・・・奥が深いようで・・・
私が東京で仕事をしているのならば、他人など南極大陸の氷山の一角だと思えばいいのか?・・・書いていて例えが自分でも理解不能!
社会の“今”にユニークな視点で物申し続ける作家、橋本治氏が、「私」と「社会」の間に内在する断絶の根本原因を探る書。「私(個人)」は「社会」の一員であるはずなのに、「社会」は一体感の持てない「意味不明の存在」でしかないと説き、日本人の多くが抱く漠然とした不安の構造を、巧妙な論理展開によって解読していく。
一見、言葉遊びのような軽やかな論調だが、読み進むうちに、今日の教育、年金制度、公共事業投資などの政治的課題の解決を阻むものが、我々一人ひとりの心の内にあることが浮き彫りになってくる。「社会は何もしてくれない」という失意の根底には歪んだエゴイズムが存在し、それが恋人であれ国家であれ、他者と健全な関係を築く行為の障害になっていると語る。
妻もこの本を読んだが、全く理解できないと言っている。
反対に私は読み進むにつれて「なるほど」と理解してしまう。
これも脳の構造の差なのか?
目からうろこの一冊なりけり。
何故彼女らは電車の中で平気に化粧が出来るのか?
その理由には納得してしまった。
人間というもの、やはり何かに所属したい願望がある。
やはり一人では生きて行けない。
自分の内なる所属、それは家庭であろう。
子供が自分が居る場所は家族だ!家族の一員だと感じることが出来れば、子供は何かを表現する時に「私たち」という言葉を使うのであろう。
「私たち家族は・・・」そんな感じか?
しかし、家族と感じることが出来ない子供は自分の所属する場所を外部に求めるのだ。
しかし、そこに存在するのは所詮他人・・・裏切られる時は裏切られる。そんな希薄な関係でしかないのだ。
その内、自宅でやっているようなことが外部でもあたりまえになってしまい、自分の家と公共の場の境がわからなくなってきているのだ。
自分の家の延長線上に通勤電車がある・・・そんな感じか?
化粧している人はきれいになっているつもりなのだろうが、それは客観的に見ている側としてはただの公害でしかないのだ。
そんな醜いことは人がいないところでやってもらいたい。迷惑だ。
そしてこの本の最後の文が非常に印象的だ。
「自分」がいて、「他人」がいる。
この人にとってはあたりまえの前提が動かない以上、「答えとは、自分と他人とで作り上げるものである」という事実も、また動かないのである。(中略)
「私はそう考える」・・・ただそう言うだけで、「あなたの考えること」は、私の管轄するところではない。
なるほど・・・奥が深いようで・・・
私が東京で仕事をしているのならば、他人など南極大陸の氷山の一角だと思えばいいのか?・・・書いていて例えが自分でも理解不能!

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