【昨日の読書〜「言葉の力、生きる力」〜】
★焼酎、シングルモルト、佐多宗二商店、映画、読書、U2、THE POLICE、MS-06Sが大好きなおやじの雑記帳★
▼自分の言葉で語られたものには力がある。軽はずみなことはペラペラ話すべきではない。誰かのように・・・
言葉の力、生きる力 (新潮文庫) 言葉の力、生きる力 (新潮文庫)
柳田 邦男 (2005/06)
新潮社

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柳田邦男氏の3部作、「壊れる日本人」、「人生の答えの出し方」、そして「言葉の力、生きる力」、この本の内容はつながっている。
結構面白い。

以前から柳田邦男氏の本は数々読んできたが、最近この著者の語り口調がしっくりきて書いてある内容を更に理解できるようになってきた。
それは私が年齢を重ねたせいもあるのかもしれないが、著者の言わば予言的内容が当たってしまった現代に驚いているのかもしれない。

「事実」を突き詰めて考える。
それは非常に面倒な作業であり、非効率であり、やりたくないことでもある。
しかし、それを疎かにしているとその内に周囲が見えなくなり、大きな流れに流されっぱなしな人生を送ることになる。

「信じ難い」とか「理解に苦しむ」とか、「面倒くさい」とか「やってらんない」とか「うざい」とか、そんな解決方法では何もわからないのであろう。
ものの本質などは・・・何も見えない。
そもそも「うざい」という言葉が広辞苑にのること自体が狂っている。

「そりゃそっちの方が楽しくていいじゃん」という方も満員電車の中にはたくさんいらっしゃいますが、それはそれでどうぞご自由に。

何でもかんでもスピーディに解決すればいいわけではないのだ。

テレビで五木寛之氏が面白い話をしていた。
それは「躁」と「鬱」の話だった。
時代は、「躁の時代」から「鬱の時代」に変化していると説いていた。
高度成長期・・・「躁の時代」、「バブル崩壊後」・・・「鬱の時代」
歴史と言うものには周期がある。
浮かれている時代もあれば、沈黙する時代もある。
この辺りは私の「プラスマイナスゼロ論」と同じ考え方だが・・・
現代を「鬱の時代」だとすれば、そんな時代に「躁」になろうと考えてもなれるわけがない。
天気と同じで雨の日に快晴になって欲しいと願っても、よほど運が良くない限りその通りになるわけではない。
「鬱の時代」には内面や文化を深めることが重要だと説いていた。
過去を振り返り、先のことを考えてみる。

なるほど・・・私も同じ意見なので妙に納得しながら聞いていた。

妻は「何の話かわかんない!」
・・・貧困なる精神の女がここにも一人いたのであった。
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