▼人間の尊厳とは何なのか、生きる意味は何なのか。華やかな試合、暗闇に沈むジムのロッカールーム、テレビもないマギーの狭苦しい部屋。娘と母親、対象となる事象によって人生の矛盾を浮き彫りにしている。
5段階評価:★★★★★・・・人間が持つ感情の全てが表現されていた。
←ひとつクリッとお願いします!
![]() | ミリオンダラー・ベイビー (2005/10/28) クリント・イーストウッド、ヒラリー・スワンク 他 商品詳細を見る |
5段階評価:★★★★★・・・人間が持つ感情の全てが表現されていた。
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監督:クリント・イーストウッド
登場人物が突然暗闇から登場してくる。そして、影だけの演技。表情が全くわからないにも係わらず笑っているように見えてしまうのだ。
▼「許させざる者」でもモーガン・フリーマンと共演している。
▼「ミスティック・リバー」の中に同じ名前の「ケイティ」が存在する。ジミー(ショーン・ペン)の最初の娘の名前がそうだった。この映画の中では無残にも19歳で殺されてしまう。
話を「ミリオンダラー・ベイビー」に戻そう。
フランキー(クリント・イーストウッド)のジムには、ジムの掃除や雑用係りのスクラップ(モーガン・フリーマン)がいた。スクラップはかつてフランキーと組んでいたボクサーだった。
元々、フランキーは止血係だった。
そのジムにある日女性ボクサーが現れる。
マギー(ヒラリー・スワンク)だ。
女性であるという最大のハンディキャップ(ボクシングの上で)があるため、コーチを要求されてもフランキーは全く乗り気ではなかった。
突然、世界チャンピョン戦に備えていたボクサーがジムを去って行ったことにより、フランキーとマギーの距離が急接近していく。そしてトレーニングが始まった。
マギーは連戦連勝、英国チャンピョンにも勝利し、世界チャンピョン(ブルー・ベアー)への挑戦権を獲得する。しかし、相手は勝つためには手段を選ばないボクサーだった。
このボクシングのサクセスストーリーの裏側で、登場人物の様々な事情が流れていく。
フランキーは、毎日娘に手紙を出している。しかし、手紙は開封されることなく差出人に返送される。
その娘の名前は「ケイティ」なのだ。
彼は23年間毎日アイルランド系のカトリック教会のミサに通い、罪の許しを求めていた。
私が察するにケイティは既にこの世にはいないこと、彼女の死因が自殺であること・・・
マギーには、トレイラー・ハウスに住むほど貧しい家族がいた。
しかし、家族との関係は崩壊状態。
死んだ父親以外から優しい扱いを受けてこなかったマギーはボクシングを通じて自分の生きる価値を見出そうとするが、それが家族には伝わらない。
成功して獲たファイトマネーで家族のために家を購入しても、母親からは「お前は恥だ。家など要らない欲しいのはお金だ」と罵られてしまう。
そして、タイトルマッチへと映画は進んでいく・・・思い掛けないラストに向かって・・・
マギーにはフランキーが父親のように感じてきて、フランキーにはマギーが実の娘のように感じてくる。
彼は彼女にリングネームを付けた。
それは「モ・クシュラ」、アイルランド語で「愛する者、私の血」という意味だった。
映画の中では自分の実の娘という意味で使われていると思われる。
マギーの母親とマギーとの関係が「生きる」という意味を観る側に問うてくる。
母親は弁護士を使って全身麻痺になったマギーの資産を手に入れようとする。(家族全員)
政策を利用して生活保護を受けているにも係わらず、これまで冷遇してきた娘の資産まで自分達のものにしようとする。人間の欲、醜い部分を母親が表現している。
娘が入院していてもディズニーランドで遊びほうけて見舞いにも来ない家族、娘の資産を私物化しようとする家族、その反面、全身麻痺のマギーは必死に生き抜こうとしていた。
マギーの足に壊疽ができた。
足を切断しなければならない事態にまで悪化していたのだ。
既に自分で呼吸すらできない状態のマギー。
フランキーに対し、酸素を供給している管を外すように要求する。
しかし、フランキーにはそれができない。
自分が原因で死に追い詰めた実の娘ケイティ、再び自らの手でそのようなことはできない。
最終的にフランキーは苦悩しながらアドレナリンを過剰に投与するのであった。
その後、彼はスクラップの前からも姿を消した。
ラストシーン、ぼんやりとした暗闇の中に建物が見える。
それは、マギーと一緒にレモンパイを食べた店だった。
その店の中に男性がいた。フランキーだ。
彼は口元に何かを運んでいた。
それはレモンパイに間違いないであろう。
マギーと一緒に食べた時と同じように・・・
この映画の中のナレーションはスクラップの声だ。
ラストまで観た後にわかることなのだが、この映画はスクラップがフランキーのその後の人生を娘ケイティに説明するための手紙だったのだ。
ボクシングとなると「あしたのジョー」、これは避け通れない。
登場人物が突然暗闇から登場してくる。そして、影だけの演技。表情が全くわからないにも係わらず笑っているように見えてしまうのだ。
▼「許させざる者」でもモーガン・フリーマンと共演している。
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▼「ミスティック・リバー」の中に同じ名前の「ケイティ」が存在する。ジミー(ショーン・ペン)の最初の娘の名前がそうだった。この映画の中では無残にも19歳で殺されてしまう。
![]() | ミスティック・リバー 特別版 〈2枚組〉 (2004/07/09) ショーン・ペン、ティム・ロビンス 他 商品詳細を見る |
話を「ミリオンダラー・ベイビー」に戻そう。
フランキー(クリント・イーストウッド)のジムには、ジムの掃除や雑用係りのスクラップ(モーガン・フリーマン)がいた。スクラップはかつてフランキーと組んでいたボクサーだった。
元々、フランキーは止血係だった。
そのジムにある日女性ボクサーが現れる。
マギー(ヒラリー・スワンク)だ。
女性であるという最大のハンディキャップ(ボクシングの上で)があるため、コーチを要求されてもフランキーは全く乗り気ではなかった。
突然、世界チャンピョン戦に備えていたボクサーがジムを去って行ったことにより、フランキーとマギーの距離が急接近していく。そしてトレーニングが始まった。
マギーは連戦連勝、英国チャンピョンにも勝利し、世界チャンピョン(ブルー・ベアー)への挑戦権を獲得する。しかし、相手は勝つためには手段を選ばないボクサーだった。
このボクシングのサクセスストーリーの裏側で、登場人物の様々な事情が流れていく。
フランキーは、毎日娘に手紙を出している。しかし、手紙は開封されることなく差出人に返送される。
その娘の名前は「ケイティ」なのだ。
彼は23年間毎日アイルランド系のカトリック教会のミサに通い、罪の許しを求めていた。
私が察するにケイティは既にこの世にはいないこと、彼女の死因が自殺であること・・・
マギーには、トレイラー・ハウスに住むほど貧しい家族がいた。
しかし、家族との関係は崩壊状態。
死んだ父親以外から優しい扱いを受けてこなかったマギーはボクシングを通じて自分の生きる価値を見出そうとするが、それが家族には伝わらない。
成功して獲たファイトマネーで家族のために家を購入しても、母親からは「お前は恥だ。家など要らない欲しいのはお金だ」と罵られてしまう。
そして、タイトルマッチへと映画は進んでいく・・・思い掛けないラストに向かって・・・
マギーにはフランキーが父親のように感じてきて、フランキーにはマギーが実の娘のように感じてくる。
彼は彼女にリングネームを付けた。
それは「モ・クシュラ」、アイルランド語で「愛する者、私の血」という意味だった。
映画の中では自分の実の娘という意味で使われていると思われる。
マギーの母親とマギーとの関係が「生きる」という意味を観る側に問うてくる。
母親は弁護士を使って全身麻痺になったマギーの資産を手に入れようとする。(家族全員)
政策を利用して生活保護を受けているにも係わらず、これまで冷遇してきた娘の資産まで自分達のものにしようとする。人間の欲、醜い部分を母親が表現している。
娘が入院していてもディズニーランドで遊びほうけて見舞いにも来ない家族、娘の資産を私物化しようとする家族、その反面、全身麻痺のマギーは必死に生き抜こうとしていた。
マギーの足に壊疽ができた。
足を切断しなければならない事態にまで悪化していたのだ。
既に自分で呼吸すらできない状態のマギー。
フランキーに対し、酸素を供給している管を外すように要求する。
しかし、フランキーにはそれができない。
自分が原因で死に追い詰めた実の娘ケイティ、再び自らの手でそのようなことはできない。
最終的にフランキーは苦悩しながらアドレナリンを過剰に投与するのであった。
その後、彼はスクラップの前からも姿を消した。
ラストシーン、ぼんやりとした暗闇の中に建物が見える。
それは、マギーと一緒にレモンパイを食べた店だった。
その店の中に男性がいた。フランキーだ。
彼は口元に何かを運んでいた。
それはレモンパイに間違いないであろう。
マギーと一緒に食べた時と同じように・・・
この映画の中のナレーションはスクラップの声だ。
ラストまで観た後にわかることなのだが、この映画はスクラップがフランキーのその後の人生を娘ケイティに説明するための手紙だったのだ。
ボクシングとなると「あしたのジョー」、これは避け通れない。




