▼少年犯罪の背景は事態と共に複雑化し、わかりにくくなっている。しかし、周囲の大人たちが「理解不能」というたった4文字の言葉で全てを片付けていいのだろうか?
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![]() | 少年をいかに罰するか (講談社+アルファ文庫 G 160-1) (2007/09/20) 宮崎 哲弥、藤井 誠二 他 商品詳細を見る |
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宮崎哲弥(評論家)と藤井誠二(ノンフィクションライター)の共著。
2008年4月22日に判決公判が行われる「光市母子殺人事件」と少年法改正についてまず議論が始まる。
少年犯罪は何もつい最近始まったことではない。
昔から存在するものだ。別に急に犯罪件数が増加したような錯覚を起こしているが、それは違う。
ただし、今の少年犯罪の理由が、昔のような集団の権利や個人の権利を守るための戦いなどのような理由ではないことだけは確かだ。
私が中学生、高校生の時に問題を起こすのは常にツッパリだとか不良だとか言われていたグループだった。(かなり古い表現だが)
しかし、今は違う。まじめでおとなしい生徒達が犯罪を起こしている。(全てではない)
そして、犯罪を起こした理由についても、「誰でもよかった」、「むしゃくしゃしていた」、「人を殺してみたかった」等と何をどう考えたらその場所に行き着くのか、わからないことが多い。
それと暴力は強いものから弱いものに向けられる。
そして、弱いものは更に自分より弱いものに暴力を向ける。
過去は弱いものが強いものに反発するために暴力が使われていたと思っていたが、現代は常に下向きに力が伝わっていく。
我慢できなくなった弱いものは、爆発するしか自分を生かす道がなくなり、罪を犯す。
他の本で「ゲーム」と「携帯電話・パソコン」からの悪影響について書かれているが、今回、この場ではあえて触れないことにする。
それでは何で壊れてしまうのだろうか。
私が思っているのは単純に「コミュニケーション能力不足」だ。
他人と会話して表情を読み取って、相手が何を望んでいるのか、いないのかを考える能力が欠落している人が大人を含めて多いと感じている。
昔の人と比較すると私も欠落している方なのかもしれないが、それは他所に置いておく。
何をどうしたらいいのかわからなくなったから爆発(犯罪)してしまうのか?
犯罪に至るまでの過程には更に複雑な背景が絡んでくるのであろうが、短絡的過ぎる。
以前からも私はこういった話題の時には「全ては大人が悪い」と書いてきた。
公共の場所で悪いことをしている若者を叱らない大人、大人自らが彼らと同じような行動を取っている場合もあるぐらいだ。子供の方も絶望するであろう。
全く悪循環の繰り返しで、悪いことをしている若者を叱るとナイフで刺されるかもしれないとか、何もできなくなる状況が現実にはある。
「勇気を持って!」とか言われても、刺されて死んだら元も子もない。
私は一度、ラリッていた若者10名程度に囲まれて金を要求されたことがある。
その時は、ゼロハリを水平に回転させながら周囲を突破し、マンションに駆け込んだ。
その後、警察に連絡して捕まえてもらおうかと思ったが、警察の追跡の仕方に緊張感がなく、蜘蛛の子を散らすように若者達は闇夜に消えて行った。
以降、護身用のナイフを持ち歩くようにしていたが、他の面で危険なため現在はやめている。
「少年法」・・・未だに様々な問題点がある。
私個人的な意見としては、あそこまで少年の更生に期待して擁護する必要は全くないと考えている。犯罪の重大性によっては死刑も辞さない考えを持っている。
被害者の側は身内を亡くし、友を亡くし、悲しみの淵に追いやられているにも係わらず、加害者は更正を期待されて社会復帰してくるのだ。
こんな理不尽な話はないだろう。
4月22日の判決公判で日本の司法が決まると言っても過言ではないであろう。
2008年4月22日に判決公判が行われる「光市母子殺人事件」と少年法改正についてまず議論が始まる。
少年犯罪は何もつい最近始まったことではない。
昔から存在するものだ。別に急に犯罪件数が増加したような錯覚を起こしているが、それは違う。
ただし、今の少年犯罪の理由が、昔のような集団の権利や個人の権利を守るための戦いなどのような理由ではないことだけは確かだ。
私が中学生、高校生の時に問題を起こすのは常にツッパリだとか不良だとか言われていたグループだった。(かなり古い表現だが)
しかし、今は違う。まじめでおとなしい生徒達が犯罪を起こしている。(全てではない)
そして、犯罪を起こした理由についても、「誰でもよかった」、「むしゃくしゃしていた」、「人を殺してみたかった」等と何をどう考えたらその場所に行き着くのか、わからないことが多い。
それと暴力は強いものから弱いものに向けられる。
そして、弱いものは更に自分より弱いものに暴力を向ける。
過去は弱いものが強いものに反発するために暴力が使われていたと思っていたが、現代は常に下向きに力が伝わっていく。
我慢できなくなった弱いものは、爆発するしか自分を生かす道がなくなり、罪を犯す。
他の本で「ゲーム」と「携帯電話・パソコン」からの悪影響について書かれているが、今回、この場ではあえて触れないことにする。
それでは何で壊れてしまうのだろうか。
私が思っているのは単純に「コミュニケーション能力不足」だ。
他人と会話して表情を読み取って、相手が何を望んでいるのか、いないのかを考える能力が欠落している人が大人を含めて多いと感じている。
昔の人と比較すると私も欠落している方なのかもしれないが、それは他所に置いておく。
何をどうしたらいいのかわからなくなったから爆発(犯罪)してしまうのか?
犯罪に至るまでの過程には更に複雑な背景が絡んでくるのであろうが、短絡的過ぎる。
以前からも私はこういった話題の時には「全ては大人が悪い」と書いてきた。
公共の場所で悪いことをしている若者を叱らない大人、大人自らが彼らと同じような行動を取っている場合もあるぐらいだ。子供の方も絶望するであろう。
全く悪循環の繰り返しで、悪いことをしている若者を叱るとナイフで刺されるかもしれないとか、何もできなくなる状況が現実にはある。
「勇気を持って!」とか言われても、刺されて死んだら元も子もない。
私は一度、ラリッていた若者10名程度に囲まれて金を要求されたことがある。
その時は、ゼロハリを水平に回転させながら周囲を突破し、マンションに駆け込んだ。
その後、警察に連絡して捕まえてもらおうかと思ったが、警察の追跡の仕方に緊張感がなく、蜘蛛の子を散らすように若者達は闇夜に消えて行った。
以降、護身用のナイフを持ち歩くようにしていたが、他の面で危険なため現在はやめている。
「少年法」・・・未だに様々な問題点がある。
私個人的な意見としては、あそこまで少年の更生に期待して擁護する必要は全くないと考えている。犯罪の重大性によっては死刑も辞さない考えを持っている。
被害者の側は身内を亡くし、友を亡くし、悲しみの淵に追いやられているにも係わらず、加害者は更正を期待されて社会復帰してくるのだ。
こんな理不尽な話はないだろう。
4月22日の判決公判で日本の司法が決まると言っても過言ではないであろう。


