そう言えば、出張先のホテルでパソコンで見た「クラッシュ」のコメントを忘れてやんした。
製作年 : 2005年
製作国 : アメリカ
配給 : ムービーアイ エンタテインメント
【出演】
サンドラ・ブロック
ドン・チードル
マット・ディロン
ジェニファー・エスポジト
ウィリアム・フィットナー
タイトルの「クラッシュ」とは、「ぶつかり合う」こと。
肉体的、物理的なクラッシュから、心と心の触れ合いまでが含まれる。
『ミリオンダラー・ベイビー』の脚本家であるポール・ハギスが監督・脚本の本作は、ロサンゼルスでの2日間の人間ドラマを、心に突き刺さるほどの「クラッシュ」とともに描いていく。
登場人物は、地方検事とその妻、黒人刑事と同僚でスペイン系の恋人、TVディレクター夫妻、雑貨店を営む家族、鍵の修理屋など、さまざまな階層・人種、職業だ。
無関係のようにみえた人々が、人種間の偏見、そこから生まれる憎悪が引き起こす事件によって結びつけられる。
急展開ながら、登場人物の交通整理のうまさに引き込まれるのだ。
警官からセクハラまがいの仕打ちを受けた女性が、その後、彼と思わぬかたちで再会するシーンなど、何カ所か、本当に背筋の奥までゾクッとさせるショッキングな描写もある。
俳優たちも、ほかの出演作とは明らかに違う迫真の演技を披露し、最後まで観る者の目を釘付けにする。
全編に漂うのは、いまだに差別に満ちたアメリカの現実だが、ラストシーンでわずかに残される希望が、静かな余韻を残す。
(Amazon解説より)
テーマは、人種差別・・・日本人が一番疎いかもしれない。
「人間は、本当はぶつかり合って、何かを実感したいんだ」
いい作品です。
ドン・チードル(刑事役)の演技が、これまでの映画では見たことがない雰囲気を醸し出している。
映画の中で、一回も笑わなかったかな?
ナニのシーンで笑ったかな?
最初は、複数の人間ごとのストーリーが展開されていくが、それが最終的に連鎖していく。
鍵屋さんの5歳の娘の透明な魔法のマントの話・・・一瞬冷や汗が出たが、話の落ちがホッとさせる。
映画の中では、誰も正確な人種を言い当てていない。
その人の外見だけでイメージを決め付けてしまっている。
スペイン人なのにメキシコ人と言われ、ギリシャ人なのにアラブ人と言われ、カンボジア人なのに中国人と言われ、その人が持っているイメージに固定してしまうのであろうか。
じっくり観ると、色々なことを考えさせられる。
家族、親、妻、子供、他人、友人、親友、仕事、お金、車、家、等々、いったいそれは何なのか?
人間が生きているということは、どういうことなのか考えてしまう。
もしかすると、今、自分が追い求めているものは、そんなに価値のないものなのかもしれない。
それよりももっと大切なものを置き去りにしていないか?
そんなおセンチな気分になってしまう。
あまり書くとご覧になる方に申し訳ないので、この程度にしておきますにゃ。
本当、いい作品です。
是非、機会があればご覧下さい。
しかし、アメリカ人って何であんなに拳銃が好きなのでしょうかね?
そうそう、昨日、○ちゃんが観たいと思った映画って、これじゃないですか?
「デジャヴ」(主演:デンゼル・ワシントン)
多分、そんな気がする今日この頃。
全く違う話なのですが、ここ数日、JR東日本の喫煙者隔離等々、何かおかしい日本国のような記事を書いてきましたが、やっと結論めいたところにたどり着きました。
今の日本人が忘れているもの・・・それは「和」なのではないのでしょうか?
何か説教がましい内容になるのが嫌ですが、勝ち組、負け組、格差社会等々、一昔前では考えられない言葉が日常を騒がしています。
先日、植木等さんが亡くなられましたが、高度成長期の日本と今の日本は比べ物にならない位、変化しています。
禁煙について、「それは時代の流れだよ」と書きましたが、私の最大の疑問は「時代は誰が作っているの?」なのです。
結局、「時代・・・時代・・・」とおっしゃる人は主体性がない流されている人なのではないのでしょうかにゃ?
私も、仕事の中で、「それは欧米では当たり前」とか「アメリカでは」とか話してくる人がたくさんいますが、私が感じてしまうのは「あなたはアメリカ人じゃないでしょ?日本人でしょ?」ということなのです。
アメリカを正として、そのまま日本に合致させようとすること自体に無理はありませんか?
アメリカは戦争が大好きな国家です。
それは歴史が証明しています。
戦争が大好きな国の文化と争いごとが嫌いな日本の文化を同じものにしようとする考え方自体が間違っているような気がします。
建設業では「談合問題」について社会的に問題視されていますが、所詮、日本人は調整の社会なのです。
(談合が良いとは言ってません)
しかし、今の社会は、常にメリット・デメリット、プラス・マイナス、意図的に二極分化させようとする傾向にあります。
果たしてそれは日本人として正しい選択肢なのでしょうか?
恐らく多くの人は疑問符を持ちながら生活していると思います。
結論が出ないので、「時代の流れ」という言葉を使ってしまうのではないでしょうか。
「和」・・・美しい言葉です。
でも、いつか日本人はこの時代の間違いに気付くのでしょう。
果たして、気付いた時にどのような社会なっているか、私にもわかりませんが、現代人は変な流行語に惑わされることのないように生活しなければなりませんですにゃ。
大人は考えなければなりません。
トヨタ式で・・・「なぜ」を最低5回。
疑問点を持たなくなったら人間終わりですよ。
現代のキーワードは、「?」なのかもしれません。
それは、わからないということではなく、「なぜ」という意味です。
私の持論ですが、「全てのものを疑え!」・・・簡単ですが座右の銘です。
製作年 : 2005年
製作国 : アメリカ
配給 : ムービーアイ エンタテインメント
【出演】
サンドラ・ブロック
ドン・チードル
マット・ディロン
ジェニファー・エスポジト
ウィリアム・フィットナー
タイトルの「クラッシュ」とは、「ぶつかり合う」こと。
肉体的、物理的なクラッシュから、心と心の触れ合いまでが含まれる。
『ミリオンダラー・ベイビー』の脚本家であるポール・ハギスが監督・脚本の本作は、ロサンゼルスでの2日間の人間ドラマを、心に突き刺さるほどの「クラッシュ」とともに描いていく。
登場人物は、地方検事とその妻、黒人刑事と同僚でスペイン系の恋人、TVディレクター夫妻、雑貨店を営む家族、鍵の修理屋など、さまざまな階層・人種、職業だ。
無関係のようにみえた人々が、人種間の偏見、そこから生まれる憎悪が引き起こす事件によって結びつけられる。
急展開ながら、登場人物の交通整理のうまさに引き込まれるのだ。
警官からセクハラまがいの仕打ちを受けた女性が、その後、彼と思わぬかたちで再会するシーンなど、何カ所か、本当に背筋の奥までゾクッとさせるショッキングな描写もある。
俳優たちも、ほかの出演作とは明らかに違う迫真の演技を披露し、最後まで観る者の目を釘付けにする。
全編に漂うのは、いまだに差別に満ちたアメリカの現実だが、ラストシーンでわずかに残される希望が、静かな余韻を残す。
(Amazon解説より)
テーマは、人種差別・・・日本人が一番疎いかもしれない。
「人間は、本当はぶつかり合って、何かを実感したいんだ」
いい作品です。
ドン・チードル(刑事役)の演技が、これまでの映画では見たことがない雰囲気を醸し出している。
映画の中で、一回も笑わなかったかな?
ナニのシーンで笑ったかな?
最初は、複数の人間ごとのストーリーが展開されていくが、それが最終的に連鎖していく。
鍵屋さんの5歳の娘の透明な魔法のマントの話・・・一瞬冷や汗が出たが、話の落ちがホッとさせる。
映画の中では、誰も正確な人種を言い当てていない。
その人の外見だけでイメージを決め付けてしまっている。
スペイン人なのにメキシコ人と言われ、ギリシャ人なのにアラブ人と言われ、カンボジア人なのに中国人と言われ、その人が持っているイメージに固定してしまうのであろうか。
じっくり観ると、色々なことを考えさせられる。
家族、親、妻、子供、他人、友人、親友、仕事、お金、車、家、等々、いったいそれは何なのか?
人間が生きているということは、どういうことなのか考えてしまう。
もしかすると、今、自分が追い求めているものは、そんなに価値のないものなのかもしれない。
それよりももっと大切なものを置き去りにしていないか?
そんなおセンチな気分になってしまう。
あまり書くとご覧になる方に申し訳ないので、この程度にしておきますにゃ。
本当、いい作品です。
是非、機会があればご覧下さい。
しかし、アメリカ人って何であんなに拳銃が好きなのでしょうかね?
そうそう、昨日、○ちゃんが観たいと思った映画って、これじゃないですか?
「デジャヴ」(主演:デンゼル・ワシントン)
多分、そんな気がする今日この頃。
全く違う話なのですが、ここ数日、JR東日本の喫煙者隔離等々、何かおかしい日本国のような記事を書いてきましたが、やっと結論めいたところにたどり着きました。
今の日本人が忘れているもの・・・それは「和」なのではないのでしょうか?
何か説教がましい内容になるのが嫌ですが、勝ち組、負け組、格差社会等々、一昔前では考えられない言葉が日常を騒がしています。
先日、植木等さんが亡くなられましたが、高度成長期の日本と今の日本は比べ物にならない位、変化しています。
禁煙について、「それは時代の流れだよ」と書きましたが、私の最大の疑問は「時代は誰が作っているの?」なのです。
結局、「時代・・・時代・・・」とおっしゃる人は主体性がない流されている人なのではないのでしょうかにゃ?
私も、仕事の中で、「それは欧米では当たり前」とか「アメリカでは」とか話してくる人がたくさんいますが、私が感じてしまうのは「あなたはアメリカ人じゃないでしょ?日本人でしょ?」ということなのです。
アメリカを正として、そのまま日本に合致させようとすること自体に無理はありませんか?
アメリカは戦争が大好きな国家です。
それは歴史が証明しています。
戦争が大好きな国の文化と争いごとが嫌いな日本の文化を同じものにしようとする考え方自体が間違っているような気がします。
建設業では「談合問題」について社会的に問題視されていますが、所詮、日本人は調整の社会なのです。
(談合が良いとは言ってません)
しかし、今の社会は、常にメリット・デメリット、プラス・マイナス、意図的に二極分化させようとする傾向にあります。
果たしてそれは日本人として正しい選択肢なのでしょうか?
恐らく多くの人は疑問符を持ちながら生活していると思います。
結論が出ないので、「時代の流れ」という言葉を使ってしまうのではないでしょうか。
「和」・・・美しい言葉です。
でも、いつか日本人はこの時代の間違いに気付くのでしょう。
果たして、気付いた時にどのような社会なっているか、私にもわかりませんが、現代人は変な流行語に惑わされることのないように生活しなければなりませんですにゃ。
大人は考えなければなりません。
トヨタ式で・・・「なぜ」を最低5回。
疑問点を持たなくなったら人間終わりですよ。
現代のキーワードは、「?」なのかもしれません。
それは、わからないということではなく、「なぜ」という意味です。
私の持論ですが、「全てのものを疑え!」・・・簡単ですが座右の銘です。
この記事のトラックバックURL
http://katanaonly.blog41.fc2.com/tb.php/806-ce209c3a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック

焼酎飲むなら五臓六腑へ!
←ひとつクリッとお願いします!


